プロジェクト全体が山のように見えても、細分化し、
手近な目標を立てていけば、確実に進められる。
 

2018年 能の特異性とAIロボットの融合

 
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能楽師 勝海登(重要無形文化財総合指定保持者)プロフィール

日本文明の再定義

「静」と「省略」に象徴される「能」の奥深さ

 

幽玄の美を舞う能ロボット… ! 国際ロボット展に初参加

2017年 11月29日〜12月2日  (東京ビッグサイト)

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能(右脳)が拓く新しいAIロボットの概念


監修/ 能楽師 / 勝海登 (ライジングクラウド顧問)

能ロボット制作/ THK 株) / SEED Solution / 永塚&his team
企画&プロデュース/ MPUF/ ハサバ博文
協力/ NPO ライジングクラウド

「能」とは…

●「能面」の繊細さ
*「能面」は、室町の頃から、演者により受け継がれるもので、何人もの演者の汗が能面にしみこんでいる。
演者が自分を殺し、その役の個性を演じる能において、その演者の魂は「能面」にこもる。その「想い」まで何百年の時を経て受け継がれている。とても美しい芸術品だが、やはり、演者によって使われてこそ、魂が宿り無限の可能性が広がるもの。
*しおる(泣く)表現にみる省略の美 両手を顔の下に持っていく、これも大げさ。では片手ではどうか、これも大げさ。究極「能面」の角度を少し下に傾けるだけ。これで悲しみを表現するのが「能」。舞台も演者も可能な限り動きを省略し、観客が自由に感じ、読み取る。説明しすぎない、芸術というものは本来そういうもの。

●「時空」を超える
*舞台で何も動きがない時間がある。時間にして約10分間。この間、演者は100年の時を超えており、距離にして何千キロを超えている。本当に時間空間の幅が想像を遥かに超えている。
*動きのない中で、演者は、瞬き一つしないほどのエネルギーを溜める、それはむしろ動きがある時よりもエネルギーを使う。それは「静」のなかにこそ「力」が宿る日本的な「力強さ」を感じる。

●99%が決められた芸術
*2500の演目は長い時間をかけて250に集約され、舞台での歩き方、能面をつける角度、そのほとんどは約束事。残り1%も自分の個性ではなく、その役の個性を演じるよう努めるのみ。そこには、伝統の確かさとむしろ自分を殺して演じようとするなかにこそ、その演者の個性がそこはかとなく役の個性を邪魔することなく、にじみ出る。これもまた日本の個性ではないか….

能は世界最古の総合舞台芸術で、西洋のオペラとよく対比されますが、日本文化のなかで継承されてきたこの「能」の世界の中に、私たちがもっている「心のなかのヤマト」、日本独自のもののとらえ方や感じ方が潜んでいるのではないかということでお話を伺いました。(聞き手 ライジングクラウド 文化キャスター森 昭子)

能は、継承されている演劇としては「世界最古」といわれる日本独自の舞台芸術で、600年以上の歴史があり、2008年にユネスコの世界無形文化遺産に指定されています。お芝居のみならず、舞いや歌の要素ももつ音楽劇であり、西洋のオペラと対比されたりもしますが、同じ音楽劇でもその違いには目を見張るものがあります。また、能面をつけて演じられるという点で、仮面劇ともいえます。

能の大成者、世阿弥(ぜあみ)は、日本の演劇史上、最も重要な人物のひとりですが、世阿弥が、独自の芸術論である『風姿花伝』を著したのは、シェークスピアが登場する200年近くも前のことです。

さて、能は完全な分業からなりたつ演劇で、謡と演技を担当する立方(たちかた)と伴奏担当の囃子方に分かれています。また、能では、主人公を「シテ」と呼び、演じる役柄は、天狗や龍神など超自然的な存在の場合もあります。能は「シテ中心主義」とも言われ、シテは一曲の主役であると同時に演出家でもあり、奏演者のキャスティングやどう演出するかなど演目全体の決定権をもっています。世阿弥が総合プロデューサーとして天才的手腕を発揮したのもそのゆえんでしょう。

ゲストスピーカーの能楽師 勝海 登さんも 観世流シテ方であり、「海の会」などを主宰され、能公演の企画プロデュースもされています。

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